先ほどパソコンの時計を見たらきっかり22:22だったけど、
そののち色々やって、「パワーか、フォースか」を読んで一区切りつけると
ぴったり1:11だったね。
そう言うの多いっす。
いやー。
正直、yuki君に読み聞かせた30分の事を忘れるにつけ、
書く前に本に慣れておこうとパラパラとめくって止まったページを読むんです。
実のところ、著作権侵害なのに、この更新には相当なパワーが要るので、
中々、更新に踏み切れません。
この訳をこなしたエハン・デラヴィさんと愛知ソニアさんは超人ですよ。
さて、今回ページをめくって辿り着いたのは、まずは「序章」。
そこで、この本は左脳的解釈と、右脳的解釈の両側面で読めるように
「知恵あるバカ」などの矛盾をはらむ形式「撞着(どうちゃく)」で読み、
何回も何回も同じ発想をくり返す事で、完全に理解する方法を用いること。
「偶然」は存在しない事などを読んだ。
「あなたにとって意味が明らかになるまで、同じ概念が何度も注意深く入ってきます。」
とも。
その序章の部分で、「天才」について目に留まった。
あとは、キネシオロジーテストの詳細な方法を読んだ。
その後、適当に後ろのほうから開いた。
「天才」について詳しく書いていた。
実のところ、2〜3年前にこの本を読み返そうとした際も、
この「天才」の部分にいつもぴたっと来て何度も読む事になる。
今回も、「天才」の項目を全部読んだのです。
自分の事を結構、天才と思っている節があって、
天才かぶれなんですね。
この「天才」の項目を読みまくっては、思い放棄し、また思いと、
何度も何度も読んで経験して、何かを学ぶ必要があるように思う。
意味が明らかになるまで、何度でも概念が入ってくるわけだろうから。
とかくあらゆる思考がよぎっては、恐らくほぼ愚かな思考なんですね。
ウザイ事を書きますと、性格の特徴が「天才」の項目にある事と共通してる事もある
だから、似て非なるモノだとの教えなのか、
実際に要素的にそうなのか、
とかく本書によると何度も読まないと意味が解らないらしいので、
読んでいくべきなのか、と。
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